こたつと新居とローソファ
文:冬野 明美
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文:冬野 明美
肌寒い晴れた日。私はなにもない新居のリビングでソワソワとしていた。今日は引越しの荷物や新しい新居に合わせて購入した家電などが届く。 夫と子供は実家にある荷物を取りに行き、お腹に2人目の子供を抱えて重い荷物を運べない私は、独りで新居で荷物を待つ係を担っていた。
まだカーテンもかかっていない出窓はムダに大きく感じ、青い空が巨大スクリーンのように映る。ダンボール箱しかないリビングには自分のスリッパの音だけがカラリ、カラリと虚しく響く。
「あぁ、忙しい」
ポツリともれた、私の独り言を聞くものは誰もいない。
リビングには何もないけどコーヒーの香りは漂う。
とりあえず温かいものを飲めるようにコーヒーメーカーだけはダンボールから引っ張り出して設置していた。今の状況で、生活感を感じさせるものは唯一コーヒーのほろ苦い香りのみだった。 ダンボールの開梱作業と食器などの雑貨類を棚に運ぶ作業に飽き飽きしてきた私はイスに腰掛けて、ミルクのない苦いブラックコーヒーをただひたすらすする。
「冷蔵庫が届けば少しは生活感が出るのに。まだなのかしら」
イライラしているわけではない。ただ新しい冷蔵庫には大きな期待と喜びが詰まっている分、待っている時間がやたらと長く感じるのだ。余計にソワソワとする。
「午前中に来るっていってたのに」
独り言は増える。
ガラガラっという音と車の音がしたので、ハッと外を見た。しかし目に入ったのはお向かいのお家の家族が祖父たちを連れて帰ってきた様子だった。 優しい笑顔。主人らしき人と目があったので重い腰を上げて挨拶に行こうとした。その瞬間、視界は大きなトラックのパンダの絵に遮られた。
「こんにちはー!」
活気ある声とともに大きな物音が周辺を賑わせる。ようやく荷物が届いたのだ。
「はーい!」
冷蔵庫の届いた喜びか、孤独から抜け出した安心感からか。私は今日イチバンの高い声で配達員を玄関に迎えた。 それまでのボテボテとした足取りが嘘のようにテキパキと指示を出し始め、時を忘れながら新居を完成に近づけて行った。
配送員が帰り、リビングに明かりをつける頃にようやく私は我にかえった。大体の配置は終わったし、少し部屋らしくなった気がした。 ようやく新しい暮らしが始まるのだと、期待が膨らみだす。ニヤついて部屋の中をうろうろし、仕上がりつつある部屋を色々な角度から満足そうに眺める。 これを見たら、みんな何ていうかしらね?家族のワッと輝く顔が目に浮かぶ。達成感が心を満たし、早く家族の顔が見たくなった。
家族を思い出した瞬間ふいと薄暗くなった外が気になり、青紫の微妙な空を窓から覗き込む。
「みんな、遅いな・・。」
夕方を回ることはわかっていたが急に孤独感が私をおそった。
大丈夫少し遅いだけ。すぐに夫と息子がおばあちゃんたちを連れて帰ってくる。 でも…もしこのまま帰ってこなかったら?くだらない、つまらない想像と不安が頭をよぎる。幼少期に両親の帰りを待った心細い留守番の思い出がフラッシュバックした。
そうだ、電話だ。遅くなるなら一言くらい電話をくれればいいのに…。 夫に電話をかけようとケイタイを持ったとき、眩しいランプが窓から差し掛かり、エンジンの切れた音と同時に我が子のはしゃぐ声が玄関前に響いてきた。
「おかあさーーん!ただいま!」
うれしそうなわが子の声にまじり、バックコーラスのように夫や両親の声がガヤガヤと家の中に響いた。部屋が一気に明るくなり未完成のはずの部屋に生活感が生まれた。不安が一気に吹き飛ぶ。
「おかえり。」
「ただいま。持ってきたよ」
今日一番待っていたものが届いた。それは冷蔵庫よりも楽しみにしていたもの。 実家で使っていたローソファだった。ふわりと実家の香りが新築の新しい部屋にまじりこむ。あぁ、懐かしい匂い。アタシの実家の匂いってこんな匂いだった気がする。
「なぁ、ホントに家のお古でいいのか?新しいの買えばいいじゃないか」
ソファを運んでくれた父が心配そうにもらす。
「いいのいいの。まだ全然使えるんだし。子供も小さいから大きくなったときに考えるよ」
新しく部屋に入った使い古しのローソファは自然に自分の場所を作り、置いて間もなくリビングに馴染んだ。誇らしげに眺めていると夫がそばに寄ってきた。
「ねぇ、どう?最初からあったみたいじゃない?」
「ほんと、不思議なものだね。君の家から来た妖精さんでも住みついてるんじゃないの?」
まさか、と夫の肩をかるく叩いた。でも、満更でもない気がする。コタツを置いたら、まるで実家の茶の間に戻ったような気がしたからだ。
「これじゃ実家と変わらないじゃないの。新しいの買ってあげるわよ…」
うれしそうにソファの上で飛び跳ねる孫を見ながら、母がゴネる。
「いいんだよ、これが一番落ち着くの!そんなことよりご飯食べよ」
なんだかんだと文句をつけながらも母はうれしそうな顔をしていた。皆でコタツに入り、近所のスーパーで買ってきたお惣菜を並べ、ガスコンロ鍋に適当に切った野菜とお肉を放り込む。
「いただきます」
みんなで囲む食卓。あぁ、温かい。こたつが温かいんだか、鍋の湯気が温かいんだか…どっちでもいいことだが、心は隅々まで温かく満たされていた。
実家の古いソファを受け継いだことに後悔はない。むしろ喜びを感じているのだ。このローソファとコタツがあれば家族はいつも幸せだった。 私はそれを知っているからこそ、このソファを両親から受け継ぎたかったのだろう。
お惣菜のチキンを頬張り喜ぶ息子とお腹の中の新しい命を見守りながら、幸せな家庭を作ってこの子達にも受け継いでもらいたいな、と心底思った。
優しい気持ちでお腹を撫でると赤ちゃんがトンッとお腹を蹴った。それに気づいた夫がひょっとこみたいな顔でこっちを見つめている。両親は温かい眼差しをこちらに送っていた。
息子が駆け寄ってこんなことを言う。
「赤ちゃん新しいお家、喜んでるね」
「そうだね、家族みんなが揃っているのがうれしいんだよ」
そのとき。なんだかこの新居のリビングが完成した気がした。
文:岸宗 大輔
文:水嶋 美和
文:だいご
文:水嶋 美和
文:だいご